「ゆうべの情事。」
*再録本『and I Love You』に収録*
*サンプルはつづきからどうぞ*
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【ゆうべの情事。】
何とも睦まじいまでの間柄でありながら、我々に横たわるのは友人という名が表す極めて健全な関係で
あったから、私は彼への接し方に戸惑うことの方が多かった。
MSWADの格納庫やラウンジで共有してきた時間には遠く及ばないが、彼の部屋の寝室で体温を分け合い
ながら過ごす時間をそれなりに積み重ねた今でも、それは変わらない。
あったから、私は彼への接し方に戸惑うことの方が多かった。
MSWADの格納庫やラウンジで共有してきた時間には遠く及ばないが、彼の部屋の寝室で体温を分け合い
ながら過ごす時間をそれなりに積み重ねた今でも、それは変わらない。
カタギリはいつまでも好奇心の中に僅かな戸惑いを含ませた瞳で私を見ては、触れる瞬間のほんの僅かな
迷いを隠すことも出来ずに、ベッドでの行為の度に私を些か傷つけた。
迷いを隠すことも出来ずに、ベッドでの行為の度に私を些か傷つけた。
私とカタギリは友人でありながらも、時折その境界をいとも簡単に飛び越えては、食事に出かける身軽さで体を重ねていた。
何とも節操の無い話だが、彼を友人と称するその口で私は彼に口づけ、互いの体躯の至る箇所に唇を当てては舌を這わせ、その香りを楽しみ味わうというただれた部分を持ち合わせていたから、ビリー・カタギリ技術顧問との関係を問われれば、少々答えに窮するかもしれない。
友人であると主張して彼を他者へ紹介することは可能だが、互いの夜の顔や寝相の悪さを知り尽くし、歯軋りが発生する条件までもカタギリに分析されてしまっているような関係だとは公言できなかった。
何とも節操の無い話だが、彼を友人と称するその口で私は彼に口づけ、互いの体躯の至る箇所に唇を当てては舌を這わせ、その香りを楽しみ味わうというただれた部分を持ち合わせていたから、ビリー・カタギリ技術顧問との関係を問われれば、少々答えに窮するかもしれない。
友人であると主張して彼を他者へ紹介することは可能だが、互いの夜の顔や寝相の悪さを知り尽くし、歯軋りが発生する条件までもカタギリに分析されてしまっているような関係だとは公言できなかった。
そもそも触れ回るような種類のものではなく、極めてデリケートな上にマイノリティな関係を白日の下に晒してしまえる程、我々は何かを約束した間柄というわけではなかったのだが。
秘密云々の問題ではない、我々は残念なことにそもそも恋人でも何でもないのだ。
(残念に思う私自身の精神状態にストップをかけ、早まるなと説き伏せてやりたい)
(残念に思う私自身の精神状態にストップをかけ、早まるなと説き伏せてやりたい)
この関係を説明するのに妥当な名前はセックスフレンドという何とも情緒に欠けたものでしか無く、脳裏に
閃いた、たった一つの言葉にすら私は自分で勝手に傷付いた。
胃が焼け付くような不快感はそのまま一般的とは言いかねる、ふしだらでみっともない関係に溺れている
自身を責めた。
閃いた、たった一つの言葉にすら私は自分で勝手に傷付いた。
胃が焼け付くような不快感はそのまま一般的とは言いかねる、ふしだらでみっともない関係に溺れている
自身を責めた。
何故カタギリでなければならないのかなど、言及するのも馬鹿らしくなっていた。
私とて好き好んで同性相手に脚を開くほど酔狂でもボランティア精神に富んでいるわけではないのだが、
気がつけばいつでもあの視界を埋め尽くす亜麻色の髪を目の端で追った。
耳のほんの少し上から降ってくる艶めいた声のありかを探し、濃い色味を帯びた黒に近いブラウンの瞳が
柔和に細められながら、優しく穏やかに、はしたない言葉の数々を私の耳孔へ落とす瞬間を待ち望んでは、
狼狽した。
気がつけばいつでもあの視界を埋め尽くす亜麻色の髪を目の端で追った。
耳のほんの少し上から降ってくる艶めいた声のありかを探し、濃い色味を帯びた黒に近いブラウンの瞳が
柔和に細められながら、優しく穏やかに、はしたない言葉の数々を私の耳孔へ落とす瞬間を待ち望んでは、
狼狽した。
――ねぇグラハム、今度はいつ僕の部屋に来れそう? 良いワインが手に入ってね、
君が好きそうなやつなんだけど。
君が好きそうなやつなんだけど。
彼は優しく囁やいては私に諸々のことを打診した。
部屋への誘いはその延長線上にベッドでの行為も含まれるのか、否か。
しかしあの男は酷く意地が悪く、投げかける言葉の一つ一つで私を一喜一憂させるその癖、能動的に私へ
手を伸ばし、自ら唇を繋ごうともベッドでの戯れへの期待を見せることも無かった。
いつだってカタギリは自ら動こうとはしない。ゆったりと微笑み口元を柔らかく引く結びながら、私が焦れて
痺れを切らすのを待ち、招くその手をいつだって懐に隠し持っているのだ。
手を伸ばし、自ら唇を繋ごうともベッドでの戯れへの期待を見せることも無かった。
いつだってカタギリは自ら動こうとはしない。ゆったりと微笑み口元を柔らかく引く結びながら、私が焦れて
痺れを切らすのを待ち、招くその手をいつだって懐に隠し持っているのだ。
天才だと人は彼を褒め称え崇めるが、私にとってはただの横着で狡猾な男に過ぎない。しかし甘く囁く言葉の端々には、私への気遣いと興味が散りばめられ、細切れの時間の中で二人の時間が重なるときを探ろうとする、些細な意思を感じた。
またしても気まぐれなそれに一喜一憂し、素直に嬉しがる私は恐らく馬鹿なのだろう。
またしても気まぐれなそれに一喜一憂し、素直に嬉しがる私は恐らく馬鹿なのだろう。
スケジュールを彼に把握されるということ、その中で彼が私と会おうとしていること、歩み寄り摺り寄せ同じ
時間を共有したいというささやかなる意思表示は、私に安堵と期待をもたらせた。
時間を共有したいというささやかなる意思表示は、私に安堵と期待をもたらせた。
ランダムなセックスばかりを逸り続けた我々の間には、諸々のことが不足している。
まず第一に、私はカタギリへこの劣情を告げたことが無い。カタギリへ感じるこの感情に名前を付けるのならば愛と称して構わないのだろうが、それが本来女性に対して抱いていたような想いと同列同種なのか否かも
解らぬ状態では告げようもない。
私自身が自己に燻る想いを抱えていても、今後カタギリとどうなりたいのか等、まるで見当も付かない。
解らぬ状態では告げようもない。
私自身が自己に燻る想いを抱えていても、今後カタギリとどうなりたいのか等、まるで見当も付かない。
そしてカタギリも、まさか本当に酔狂と好奇心でこの柔らかくも無い、すえた汗の匂いのする男の体をありがたがって抱く性癖の持ち主とは思えぬのだが、ただれた友情を受け入れ継続する程度には、この関係を可も無く不可も無く由としているのだろう。
カタギリが私への劣情を持ちえているのであれば話は別だが、あの男も私の与り知らぬ所で何をやっているのか、見え隠れする女の影に少なからず私は心を痛ませた。しかし、私がそれをあげつらい、目くじらを立てるには足りぬ関係だ。
それでも我慢弱くカタギリの手を求め唇を求め、貪られたいと欲を隠せずぶつけてしまい、そのままずるずると彼の腕の中で寝起きを繰り返すばかりで、事態は進展などしなかった。
あの男が何を考え何をし、どういう意図を持ってこの体を抱くのか実際の所は解らないまま、私の体は重ねた時間の分だけカタギリに馴染むばかりだった。いっそのこと、アルコールの力を借りてその辺りを暴いてやっても良かったのかもしれないが、それは些か乱暴ではないかと踏み込めなかった。
相変わらず私は我慢弱くカタギリを求めるばかりだが、いつかあの男と話す機会を持たねばならないだろう。この曖昧な関係について互いの認識を共通させなければ、我々はどうにもならなかった。
*続きは「ゆうべの情事。」で!*
(『LAST NIGHT’S LOVE AFFAIR』に掲載)
(『LAST NIGHT’S LOVE AFFAIR』に掲載)
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