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2024/11/24 00:05 |
Last I love you (3)  (ビリグラSS)
Last I love you (3) (ビリグラSS)



(1) , (2) の続きです。






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Last I love you  (3)


















 挨拶もそこそこにカタギリさんは決まり切ったお悔やみの言葉を続けると、上から下までたっぷりとあたしを眺めてから、
 君はグラハムによく似ているね、と目を細めた。
 
 
 何よ、ジロジロ見ないでよ。
 
 
 またか、と思ってあたしは溜息をついた。誰か一人くらい、他のことを言ってくれる人はいないんだろうか。
 あたしはパパのことは大好きだけど、パパに似過ぎている自分の容姿があまり好きではなかった。
 パパ譲りの顔はママと疎遠になった原因だと思い込んだ時期もあったし、パーティーでパパに同行した際も、パパを良く知る人に会えばまず開口一番「そっくりだね」と言われるのが嫌だった。言われすぎていい加減不快にもなるのよ、あたしはパパのコピーじゃない。
 パパはパーティーに着いて来なくても良いよと言ってくれたけど、パートナー無しではソシアル・エラーになってしまうから構わないわ、とあたしは無理矢理着いて回った。若かりし頃のグラハム・エーカーに生き写しだと不躾な視線を浴びても、それでもあたしはパパの隣に居たかったのだ。
 パパはあたしが隣で居心地の悪い思いをしているのも、無理に笑顔を作って挨拶をしているのにもすぐ気がついてくれて、無遠慮な話題を振る人には必ず皮肉を言ったり制したりと牽制してくれていた。
 そして綺麗な笑顔のまま仰々しい口調でマシンガンのようなスピードで皮肉を言うパパに、言われた側が呆気に取られているのが見物だった。あたしはそれをいい気味だ、と心の中で舌を出して笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 高い位置から少し屈んで差し伸べられた手を取らず、あたしはカタギリさんを見上げて睨みつけた。
 パパが撫でていた写真の中より十数年以上は経っているのだろう姿は、目の下にできた薄っすらとした隈と目尻の皺が年齢を感じさせて、くたびれたように見えた。カタギリは私より少し年上なんだよとパパが言っていたのを思い出した。
 顔立ちはパパほどじゃないけど整っていて、優しそうだけど眼鏡の所為か少し冷たそうだ。
 カタギリさんは痩せぎすの手をあたしに差し出したまま、一向にその手が握り返されないことに少し戸惑ってるみたいで、でも何も言わずにただやり過ごしていた。差し伸べられた手は指が長く綺麗だけど酷く骨ばっていて、浮いた血管や刻まれた深い皺が余計に年齢を感じさせる。
 かなり背の高い人だ。パパよりも十センチは高いだろうか。それとももっと? 
 あたしは動物園のキリンでも見上げるみたいに、でも眉をひそめてカタギリさんを見た。
 失礼なのは承知の上だ。
 
 
 
 ねぇパパ、この人がカタギリさんなの?
 この痩せぎすのくたびれた人が、あの写真の中の人?
 
 
 
 あからさまにあたしが不機嫌になっているのが解ったのか、カタギリさんは二三度咳払いをすると、ふわりと笑ってどうぞ、と差し出した手を横へ促して外へ導いた。
 
 
 
「車はすぐそこだから」
「……はい」
 
 
 
 憮然とした表情だったのだろうあたしに気を悪くしていたのかは解らないけれど、カタギリさんは気にした風でもないように大きな手であたしの肩を抱いて車へ促した。
 隣に立つカタギリさんはやはりとても背の高い人で、隣に感じる身長差や圧迫感もパパと並ぶとき以上だった。丁度カタギリさんの胸より下辺りの位置なんだろうか、あたしの頭は。名前と容姿から考えれば日系人なんだろう、フレグランスの香りがしないのは体臭が薄い所為なのか。
 見上げれば眼鏡のレンズが光を反射して表情までは解らなかった。見上げるときの角度がやっぱりきつすぎて少し首が痛い。視線に気付いたのか、カタギリさんがあたしを見下ろす。眼鏡の奥の黒い瞳と視線がぶつかって、なんだか気恥ずかしくって目を逸らせると、頭の上で少し吹き出された様な気がした。
 何よ、何でクッって笑うのよ。
 当たり前だけどパパと並んだときに感じることと何から何まで違っていたことが、あたしの胸をざわざわさせた。

 車に乗せられて、まずはジョシュアさんの事務所を目指す。事務所で落ち合っても良かったんだけれど、でも二人きりで話がしたいと申し出たのはあたしだった。
 なら迎えに行くからその車の中で、と事務的にメールの文面が帰ってきたのは昨夜のことだった。
 
 
 
 ……そして、最後に墓参りをさせて欲しい、とメールの最後は結ばれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 滑らかに車を走らせながら、カタギリさんはまだ無言だ。
 古いセダンタイプの車は運転席と助手席の間が狭くて少し窮屈だった。
 窓から流れる景色を見る。高級住宅街ということになっているこの辺りは静まり返っていて、緑が目に眩しい。
 いつもなら聞こえる近所の幼い子達の声も今日は上がらずひっそりとしていた。
 僅かに感じるのは静かに聞こえるエンジン音と、タイヤから伝わる路面の質で、BGMも何も無い重苦しい沈黙だけが降り積もる空気に少し辛くなる。
 嗚呼、何を話そう。何から話したら良いだろうか。
 後見人を引き受けてくれたことにまずお礼を?
 それとも先に、パパのことを訊いてみようか。
 
 
「髪を……切ったんですね」
 
 
 とあたしは口を開いた。
「――髪?」
「写真を見ました。昔の、MSWADにいた頃の父と、貴方の写真を」
 嗚呼、とカタギリさんはあたしをちらりと見てうなずいた。
「大学で長い髪は邪魔でね、すっかり…この長さで慣れてしまったよ」
 
 
 そう答えるとカタギリさんは髪を結んだ箇所をピンと指先で弾いた。
 髪の色はあの写真の中のように明るいブラウンではなく少し砂色が混じっており、ポニーテールではなく耳の下で軽く結っていた。長さは丁度肩くらいだろうか。
 黒いスーツはやはり喪服だったようで、葬儀に出れなくて申し訳なかったね、とカタギリさんは一言置いてから自分のことを話し始めた。
 
 
 
 
 カタギリさんがMSWADの技術開発部を退役したのは何年も前のことで、それは丁度パパがMSから降りた頃だった。その後カタギリさんは請われていた大学の教授職におさまって、今も研究を続けているらしい。
 兵器開発ではなく、全く別の角度から太陽光発電を用いた研究を。そして日本で学会に出席していてパパの訃報を受けるのも遅れ、ここに戻ってきたときには葬儀は全て終わった後だったのだと言う。
 君のパパの盟友達に僕は片っ端から罵られたよ、とカタギリさんは苦笑した。
 それってダリルおじさんやハワードさんだろうか。
 そう訊くと、うんまぁ当たらずとも遠からずって所かな、と返って来た。
 きっとまた激怒したハワードさんをダリルおじさんがいさめているんだろうかと思って、あたしは少し笑った。
 カタギリさんはそんなあたしに目を細めて見せた。
 
 
「……嗚呼、やっぱりそうしてると少し似てるよ」
「…パパに?」
「あぁ」
 
 
 ……まただ。
 
 
 あたしはパパに似ていると言われてただそれだけなのだ、いつも。
 そっくりだって囃し立てるように言って、皆あたしを見てるんじゃない、パパを、グラハム・エーカーを見ている、ただそれだけなんだ。でも、続いた言葉はあたしが今までに聞いたことが無いものだった。
 
 
「――君は笑うと少し目尻の際に窪みが出来るね、グラハムにもあったよ、それ」
 
 
 あたしは弾かれたように顔を上げる。カタギリさんを見れば、少し目が合って眼鏡の奥の漆黒の目がぶつかって、やっぱり恥ずかしくなってまた目を逸らせて俯いた。
「……嗚呼、それそれ」
 くく、とカタギリさんは笑った。
「君のパパも、……グラハムも若い頃、僕と目を合わせるのをどうしてだか嫌がってねぇ、いつもそうやってすぐ目を逸らせてた、まぁ…それは極々至近距離での場合だったんだけれども」
 やっぱり親子なのかな、仕草がそっくりでびっくりした、とくすくす笑いながら言葉が続いてそれから、
とさ、とあたしの頭で髪が揺れる音がした。
「………?」
 何かが被さったのを感じて顔を上げれば、カタギリさんの手が、優しい動きであたしの頭を撫でていた。
「ほら、笑って、前を見て」
「…………、」
「笑って」
 耳に届く声は、優しい温度を持っていた。
 温かくて染み渡るような、低くて甘いパパの声とも違うそれは、初めて聞いたときの冷たく乾いた印象なんか、どこにも残っていなかった。
「…グラハムに似てるって言われて、嫌なのかい?」
「子供の頃は…嫌でした。皆あたしとパパがそっくりだって。昔のパパと同じ顔してるって、ただそれだけであたしに興味があるわけじゃないから……、」
 でも、今でも嫌だ。慣れてるけど、どうしようもないけど嫌だった。
 あたしは俯く。
「同じだって? そりゃ多少は似てるけど…君は君でしょ」
「………」
「……君がグラハムに似ているのは、そりゃあ…親子だから。れっきとした彼の血を分けた娘なんだもの、それは仕方が無い。でもね、皆は君の中にグラハムを見ているのでも、君の中にグラハムを探しているわけでもないよ。中にはそういう人もいるかもしれないけれど、でもそれだけじゃない。それは、解るね?」
「……」
「君はグラハム自身じゃない。君は君で、君は彼が残してくれた、たった一つの宝物だよ」
「………」
 
 カタギリさんの手は酷く優しくて、あたしの頭を、髪を、ゆっくりと撫でてくれた。
 左手にハンドルを持ち、右手で優しくて長い指を降らせる。
 
 
「君は君で、グラハムはグラハムだから。当たり前だけど。でもね、君の中にグラハムの血も流れている、それも忘れないで」
 
 
 当たり前のことを当たり前のようにカタギリさんは言った。
 でもそれは、面と向かっては誰もあたしには言ってくれなかった。
 パパ以外には。
 おっと、これ以上触ったら君のパパに叱られるかな、とカタギリさんはおどけて見せて、右手をハンドルに戻した。
 隣を見れば、視界に入るのはハンドルにもたれる長い腕と、少し高い位置の肩。長い脚を折り曲げ、窮屈そうにハンドルを握る姿が滑稽に見えた。
 顎から耳までのラインが綺麗で、パパもこんな風にカタギリさんを見上げていたんだろうかと思った。
 二人が並んで立てば、どのくらいの身長差だろうか。
 
 
 
 パパはどんな風にカタギリさんを見ていたんだろうか。
 どんな目で、隣にいるこの人を見上げていたんだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
「……………最後に会いたかったなぁ…、」
 と、小さな小さな声でカタギリさんが呟いた。独り言だったのかもしれない。
 あたしの耳にほんの少し届いたごく小さな呟きは酷く悲しいもので、見ればハンドルを握る手に、ぎゅうぎゅう力が込められていた。
 
 この人は本当に、パパに、会いたかったんだ。
 
 葬儀には色々な人が来ていて、それは本当にパパの死を悼む人もいたけれど、そうではない人も沢山来ていた。パパは味方も多いけど敵も多い人だったようで、それでなくともあたしはパパの娘だということで嫌な思いも良い思いも沢山してきた。
 嘘の涙も嘘の笑顔も全部解る。そんなの目を見ればすぐ解る、大人たちは本当に馬鹿で子供のあたしなら何も解らないだろうって顔してすぐに本音を出した。
 パパは非戦傾向にある軍人だから何かと煙たがられていて、それでいてMSに乗っていた頃からのカリスマ性で信者は多かった。だからこそグラハム・エーカーの失脚を願い、そのポストを狙う人は沢山いた。
 パパの死が謀殺ではないのかという話も出たけれど、そうではないのは明らかで、それでも謀殺だと声高に唱えた大人がその癖あたしをねめつける様に見て、不遜な顔をしていたのを覚えている。
 あんたなんかパパの葬儀に来る資格なんか無いと、そう怒鳴りたかったけど、ダリルおじさんがやはりあたしを隠すように立ちはだかった。そしてここは我慢しなさいと言うように、あたしを抱き寄せた。
 
 
 カタギリさんはあたしの隣で静かに笑うけどその目は酷く悲しそうだ。
 まるでピエロみたいだ。
 辛そうな表情は見せずにあたしの隣で柔らかい笑みを浮かべるこの人は、きっとその裏側でもの凄く辛いんだろうと思った。
 カタギリさんが握り締めたハンドルのレザーが時折擦れているのか、ぎり、と音を立てて鳴る。
 見れば長い指がハンドルを握り締めていて、力を込めすぎているのか少し白くなっていた。
 ぎりぎりと、ぎゅうぎゅうと擦れる音が何だか泣いてるようにも聞こえた。
 
 
 
 
 パパの最期を教えて下さい、と頼んだあたしにカタギリさんは少し間を置いてから、良いよ、とぽつぽつと話し始めた。勝手にMSに搭乗して勝手に死んだ、としか聞かされていなかったあたしは、パパのことについて知る必要があった。
 
 カタギリさんの話によれば、パパはユニオンに属する小さな国の紛争で、自分のかつての部下がMSに搭乗して闘っているのに自分ひとり安全な場所にいるのが耐え切れなくて、止める声も手も振り切ってMSに乗り込んだんだそうな。
 少し聞くのが辛いかもしれないけれど、と所々一言置いて続けるカタギリさんの口調はあくまで淡々としていて、あたしはその話をまるで遠い世界のことのように感じていた。
 ダリルおじさんもハワードさんもジョシュアさんもあたしには面と向かっては言わなかったけれど、葬儀の席の大人達の噂話で断片的に漏れ聞いたことが頭の中で繋がる。
 
 
 
 
戦うべき人じゃないのに、何を考えているのか。
手駒なら沢山いるだろう?
これからユニオンはどうなるんだ。
あのポストが空けば、次の候補者には……、
 
 
 
 
 パパだって、エースだった頃ともう違う。MSから降りて随分経つのにそれでも乗って闘わなければならないと思ってそして……、普通なら考えられない。
 こんなこと、いつものパパなら絶対しないのに、でもどうしても抑え切れなかったんだろうか。
 パパは冷静なようでいてその実凄く熱い人だ。元ファイター故のことなのかあたしには解らなかったけれど、それでもギリギリまで自分を抑えて軽はずみな行動なんかしない人だ。
 なのにそれでも、駄目だったんだろうか。
 あたしの存在すらそれを抑える事にはならなかったんだろうか。
 
 
 
 MSにはもう乗らないでって、子供の頃に泣いてすがれば良かったんだろうか。
 
 
 
 ……どうして、とあたしはいつの間にか声に出していた。

 どうして、
 どうして、
 どうして、

 今更頭の中をぐるぐるとその言葉が飛び回って埋め尽くす。膝に乗せた手をぎゅっと握って、力を込めたそれが少し震えた。
 どうしてだろうねぇ、と間延びしたような謡うような声が降って来た。
「……本当に…、グラハムは予測不能な行動を取る」
 僕が傍にいれば、何が何でもグラハムを止めていたよ、とカタギリさんは続けた。
 信号待ちで車が止まる。
 カタギリさんのブレーキの踏み方は計算されていて、減速してからタイヤが止まる瞬間までは滑らかで、車体の揺れは殆ど無かった。
「もしあの時僕が傍にいれば……、殴ってでも止めていたよ」
 ふふ、とカタギリさんはハンドルに顎を乗せて少し笑った。
「無茶も良い所だよ、君のパパは……」
 えぇ、本当に無茶で無鉄砲で馬鹿だわ。
「でも闘わずにはいられなかった…、それも……彼らしい、か」
「………」
ごめん、変なことを言ったね、とカタギリさんは少し強く言って、ハンドルから乗せた顎を外して姿勢を正した。
「昔、MSから降りるって聞いて、正直に言えば僕は安心してねぇ。これで彼の命の心配だけは無くなると安眠できるようになったんだけど、何の為に、僕は仕事を辞めたんだか……」
「カタギリさんは、パパのために技術部を辞めたんですか?」
 素朴な疑問だった。
 ちらりと助手席のあたしを見てカタギリさんは続けた。
「それだけじゃないけれど、僕は元々、君のパパの為に、君のパパが生きて戻る為に最高のMSを作りたくて仕事をしていた節があってねぇ。勿論グラハムだけじゃない、フラッグファイター全員の無事を祈り、それを実現するために作っていた。ユニオンの強さが他国への牽制になるとも思っていた。 
 そして今度は彼の一番の願いを叶えられたらと、兵器開発から離れたんだ」
 
 
 ―――願い?
 
 
 
  見上げればまた頭の上からあの視線が返ってきた。優しくてでも何か不思議な……、全てを見透かされているような目だとも思った。
解らないかな? とカタギリさんはあたしに微笑んで続ける。
 
「君とずっと一緒にいること、そして君が安心して暮らせる世界を作ることさ」
 
 
 
 嗚呼、信号が変わった、とカタギリさんは緩やかにアクセルを踏みこんだ。
 
 僕はね、彼の望むことなら何でも叶えてやりたかったんだよ、
 隣でそう呟く声が聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 












NEXT


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2008/02/23 21:06 | Comments(0) | TrackBack() | ビリグラSS

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