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2024/05/19 14:24 |
Last I love you (4) (ビリグラSS)


Last I love you  (4)  (ビリグラSS)




(1)(2)  ,  (3)    の続きです。




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Last I love you  (4)


















 車の走行時の揺れが少ないのは車の荷重移動というやつで、子供の頃、車で酔いやすいあたしが酔わなかったのはパパの運転だけだった。


 カタギリさんの運転の仕方は、どことなくパパに似ていた。


 アクセルを踏み込むタイミング、ゆっくりと減速してからブレーキを強く踏み込むタイミング、ハンドルの切り方、助手席でほんの少し感じる路面から伝わる揺れ。シートベルトは車の走行の度に、減速の度に不用意に引っ張られることもなく、助手席のあたしを守っていた。
 そしてあたしは爪を引っ掛けるようにベルトを弄った。
 子供の頃の癖だった。
 年に何度か、仕事のほんの少しの合間を縫うようにパパが帰って来ればあたしをドライブへと誘った。
 行き先は近くのマーケットや公園で、遠出なんかほとんど出来なかったけれどそれでもパパの助手席にいる、パパの傍にいるそれだけで凄く嬉しかった。
 カタギリさんの助手席にいる気分は、パパの助手席にいるときにとても似ていた。
 勿論、車種も車の中の匂いも、車高だって違う。パパのフレグランスが香るわけでもない。
 でも、パパの助手席に座っていたときに感じた安心と似ていた。
 運転席を見れば、カタギリさんの横顔が見える。
 穏やかそうで、でも眼鏡の所為かほんの少し冷たい雰囲気は、パパとは全然違う。
 笑顔と声は温かいけれど、写真の中とも、少し違っていた。
 それとも、パパにはあんな風に笑うんだろうか。
 
 
 カメラをほんの少し斜めに傾けて構えるパパに、優しく笑って撮られたあの写真。
 あんな風に、パパには酷く優しく微笑むんだろうか。
 
 
 
 
 


 
 
 何度目かの信号待ちでまた車が停まった。

 
 交差点の左折待ちで渋滞が発生しているらしく、何故車線を増やさないんだ、とパパがよくイライラしていたのを思い出す。私は我慢弱くて落ち着きの無い男なのだ、と口癖のように言っていたパパは、少し子供っぽいところのある人だった。
 渋滞でイライラして、たまに髪をバリバリと掻き毟る。ハリウッドスターのような顔でそれをするからコメディ映画にしか見えなくって、あたしはよく助手席で大笑いしたんだった。
 

 あれからまた会話が途切れてしまって、カタギリさんは天気の話だとか気候の話だとかを始めた。
 渋滞の中、とろとろとした運転はすぐに信号につかまる。
 初対面で話題になるような話も尽きてしまって、やっぱりパパの話になった。
 
 
 

 
 
 パパとカタギリさんの運転が似ているのが気になって、訊いてみたらやはりカタギリさんがパパに運転を少し教えたのだと言う。
「とにかく荒っぽくってね、グラハムの運転は」
 カタギリさんは苦笑いして続けた。
「君が生まれると聞いて、これは彼の運転を何とかしなきゃと思ったんだよ。荒っぽくって急にスピードは出すし急ハンドルも当たり前、僕は何度彼の隣で舌を噛みそうになったことか…!」
「そんなに酷かったんですか?」
「……酷いというか、グラハムは僕を乗せて無茶をやりたがった。ハイウェイで簡単に最高速度を出したがってアクセル踏みっぱなしなんて良くある事で、僕は隣で冷や冷やして、運転を交代しようと申し出たけど君の運転は遅過ぎてイライラする、と却下されてね。グラハムは元々ハンドルを離さない性質でね、運転好きなんだ。女性が隣にいれば多少は安全運転に気を遣うのだろうけれど、根本的に改善が必要だろう? 
 せっかく子供が生まれるんだし、安全運転を心がけるようにと言ったんだ」
「……あたしはパパの運転で酔ったことなんて、無かったわ」
 あたしにはパパがいったいどんな運転をしていたのか想像つかないけれど、カタギリさんは、それは結構、僕が荷重移動を教えておいて正解だった、と笑った。

「君が怖い思いをしなかったのなら、何よりだね」
 





 
 カタギリさんの口から語られるパパの話は初めて聞くものが多かった。
 若い頃の失敗談や、夜勤中にスクランブルがかかって慌てて二人でコーヒーの入ったマグを倒して夜食を台無しにしてしまったこと、パパが行方不明になったと大騒ぎになって皆で探し回っていたら、ちゃっかりフラッグのコックピットで眠り込んでいたこと、よく始末書を書かされていたこと。
 そのどれもが新鮮で、あたしはもっと聞かせて下さい、とカタギリさんに強請った。
 
 

 
「……そうだな、無茶はそれだけじゃなかった。彼が無理矢理出撃するなんて若い頃にも随分あって、その度僕は何度だって止めたけれど、グラハムは振り切って飛んで行ってしまってね。そして必ず僕の所に帰って来た。傷付き、時には血を吐いたこともあった。それでも必ず帰って来たんだ、彼は。無事に帰って来るようにと僕と彼でおまじない……みたいなものもしていたかな、あの頃は」
「……おまじない?」
「非科学的だけれども、それをすればどういうわけだかグラハムは高レコードを挙げて来てね、嗚呼…テストパイロットをしていた頃の話だけど。フラッグが正規にユニオンのMSに採用されたその後も続いていた」


 パパは意外とジンクス好きな所があったから、やっぱりそういうものはあったんだろう。でもカタギリさんのおまじないなんて、あたしとの話に出ただろうか。


「おまじないって、どんな?」
 それもパパから聞いたこと無かったわ、と続けたら、カタギリさんは少し呻いて、眼鏡を中指で押し上げてから、内緒、と呟いた。
「内緒なの?」
「うん、……恥ずかしいから」
 カタギリさんは頬をかきながら言った。少し顔が赤いのは気のせい?
「……それに、誰かに言ってしまえば効力が無くなる」
「あたしでも?」
「君でも」
「娘でも?」
「……娘の君でも」
「…パパは……、」
 
 
 もういないのに? と続けようとして、急に声が震えた。
「…………ッ…ふ、」
 いやだ、どうして、こんなときに。
 パパは、いない、そんなの、そんなこと……、
 
 


 
 
 何万回だって思ったわ。
 
 
 


  
 視界が少しずつぼやけて、あたしの目に映るカタギリさんの姿を簡単に歪ませて、気付いたときには頬に水の感触があった。
 目頭と目尻から溢れて重力に従って落ちて行く水はあたしの唇にすぐ届いて塩味を残した。
 その内ぽろぽろともっと滴が零れる。
 
 
 待って、ねぇ、何で、ねぇ、何で、今なの。
 
 
「……ッく…、」
 
 どうして今になって、あたしは。
 
 更にぼんやりと視界が歪んで、膝の上に乗せた両手の甲にパタパタと滴が落ちて、嗚呼泣いているんだと思った。
 カタギリさんが、え、大丈夫、どこか痛いの、と慌てたように言いながらあたしの顔の覗き込もうとしたけど、あたしは俯いて手の甲で涙を拭った。
 その内クラクションが何度も鳴らされて、カタギリさんが慌ててアクセルを踏み込む。
 とっくの昔に信号は変わっていたんだ。
「……少し落ち着こうか、」
 あたしは泣き顔でジョシュアさんのところに行くのは嫌だったからコクリ、とうなずいた。
 
 



 
 
 車を回したカタギリさんは路地裏へ停めると、静かにエンジンを切った。
 メインストリートから少し脇に入ったそこは車の通りもほとんど無く、まるで切り取られたような静かな場所で古いビルに挟まれてできた小さな小さな箱庭のようだった。
 涙は何故だか止まらなかった。
 パパの訃報を聞いた瞬間も、パパの遺体を見た瞬間も、パパのクローゼットから予備の制服を出してきておばあちゃまと二人でパパにそれを着せていたときも、そして葬儀でパパが眠る小さな箱に沢山の花を敷き詰めたときも、あたしは涙なんてあまり零れなかった。

 なのに、どうして、ねぇ、どうしてなんだろうカタギリさん。
 どうして今になって涙が零れるんだろう。

 嗚呼ほら、カタギリさんが困ってる。
 困った顔で、困ったような声であたしの名を呼ぶ。
 優しい声が降る、優しい手があたしの髪を撫でる、


 
「―――泣かないで、」
 


 カタギリさんは続けてあたしの名前を優しく呼ぶと、頭を撫でて胸に引き寄せてくれた。パパとは違う香りだった。仕舞いこんだ喪服の香りなのか、少し薬品みたいな匂いがした。
「……ごめん、辛いことを思い出させてしまったね、」
「………」
 何も言えないままあたしはカタギリさんの胸に顔を押し付けて首を振った。
 違う、そうじゃない、カタギリさんの所為じゃないの。
 
 

 
 ――私はもう彼とは会えないのだよ、
 
 

 
 パパはそう言って少し寂しそうに微笑んでいた。
 パパにそんな顔をさせていた人が、今はあたしの隣にいてあたしの傍にいてあたしを腕の中に入れていた。  
 優しくて長い指があたしの頭を、肩を撫でてはまた抱き寄せる。
 どうしてパパはもう会えないって言ったんだろう、どうして会おうとしなかったんだろう、別に会ったって良いはずだ、わざわざ遺言してまであたしの後見人にと選んだくらいなのに、どうしてなんだろう、どうして会わなかったの。
 よく考えてみれば不思議だった。
 カタギリさんだってそうだ、パパが選んだこの人は家に遊びに来たことなんて無かった。
 顔を上げればすぐ傍にカタギリさんの顔がある。心配そうにあたしの顔を覗き込んで、涙を拭おうとしたのか頬を親指で擦った。眼鏡の奥は黒くて綺麗な、綺麗な目だ。黒目がちで、でもよく見れば虹彩は少しヘイゼルがかった薄い色で。
 
 カタギリさんが苦笑するように、くしゃり、と笑う。
 大丈夫かい、と掛けられる声は乾いてるんじゃない、冷たいんじゃない、静かででもどこか艶めいていた。
 
「……カタギリさん、…どうして…、後見人を、引き受けてくれたんですか?」
 しゃくりあげそうになるのを押さえながらあたしが訊くと、カタギリさんは静かに答えた。
「グラハムの遺言だからね、それに君を放っておくことなんかできないよ」
「でも、それとこれは……、会ったこともないあたしなのに……、」
「……会ってはいるよ、」

 え?

「君がまだ十歳くらいの頃だったかな、ほんの少しの時間だったし覚えてないのも無理は無いね。グラハムが君を連れて僕のところに来てね、もし私に何かあったときにはと君を頼みに来た」
「……、」
「お互いにMSWADから離れた頃で、彼に会うのはしばらくぶりだった。少し事情があって……、僕らは会うのを止めようと約束していて、でもそれをあっさりとグラハムは破って君を連れてきた。勿論僕は君の後見人になることに異論はなかったし喜んでと答えたよ。でも僕で良いのかと、ただそれだけが心配だった。僕なんかに託してしまって良いのかと。でも、グラハムは頼むと…、」

 カタギリさんは少し声を詰まらせた。それから、まさかそれがこんなに早くなるなんて、と続けた。
 もっと何十年も先のことだと思っていたよ、と。

「……その後グラハムには全く会っていなかった。でもメールでの形だったけど定期的に彼から連絡はあったし君の画像データも送ってきた。僕はグラハムとメールを交わすのも君の成長を見るのも楽しみにしていた」
「…事情って、なに? 別に会ったって…」

 カタギリさんは首を振って、会えないんだ、会わないと二人で決めたんだ、と答えた。
 どうして、と訊けば内緒だよ、と返る。

「どうして…?」
「…どうしても、」
 
 


 ……パパには訊けなかった。
 パパは何度もあたしにカタギリさんの写真は見せるくせに、この人を家に呼ぶことはなかった。
 ダリルおじさんやハワードさんは、それこそあたしが小さな頃から何度も家に遊びに来ていたし、仕事だからと言いつつジョシュアさんもやって来ては、その度あたしを可愛がってくれた。
 カタギリさんは子供の頃のあたしに会ったと言うけれども、それは本当だろうか、あたしは何も覚えてはいなかった。
 パパはカタギリさんと会えないと言うのは、きっと何かあったんだろうかと思いはしたけど、子供心に何だか訊いちゃいけない気がしてあたしは誰にも訊けなかったのだ。


「…どうして…? パパと会わなかったんですか?」
 カタギリさんなら教えてくれるだろうか、
「ねぇ、どうして…?」
 カタギリさんは悲しそうに笑ってそれから、内緒、とだけやはり答えた。
「どうして? どうして内緒なの、」
「……どうしてだろうねぇ…、」
「そんなの答えになってないわ」
「嗚呼そうだね、答えなんか無いよ、これは僕らの……言うなればけじめだから」
 

 ……けじめって、どういうこと? 

 
「……二人で話し合って決めたんだよ、会わないって」
 
 あたしはやっぱりそれ以上訊けなかった。
 訊いちゃいけない気がしたのと、カタギリさんがどうしても教えてくれないと思ったからだ。
 パパにも何度も訊こうとした。パパの口から出る名前はカタギリさんの名前ばかりで、それは恋をしているようにも見えて、あたしはこの人が、カタギリさんがどんな人なのか、パパにとってどんな人なのかを考えるようになった。
 でも考えても解らなかった。
 旧い友人だと言いつつ会えないその理由、
 その癖写真を出しては何度も撫でるその理由、
 そんなの解るわけなかった。



 だってパパは、肝心なことはあたしに何も言わないんだもの。

 

「君のことは、他でもないグラハムの最後の我侭だ。……もうこれくらいしか、僕は彼にしてやれないから、」
「………」

 本当に大きくなって…綺麗になったね、見違えたよ、とカタギリさんは微笑んだ。

「…………っ、」
 視線がかち合って、どうしてだかあたしは怖くなる。
 咄嗟に目を逸らせて俯く。零れる涙を手の甲で拭う、でもごしごしと乾いた擦れる音がして、嗚呼マスカラが落ちてボロボロだ、と少し思った。

 慈しむような優しい目、この酷く優しい目は見たことがあった、嗚呼この人の目、この目、


 この優しい目、は、
 
 
 
「…や、」
 
 
 
 自分でもか細い声で少しびっくりした。あたしは急にもっと怖くなってカタギリさんを押し返した。
ごめんね、とすまなそうにするカタギリさんは、あたしから手を離した。
 
 
 
ねぇ今、
何を、
あたしは何を考えた?
カタギリさんは、何を見ていたの?
 
 

 
 狭い車の中、静かな静かな小さな箱庭の中、まるでここだけ切り取られたみたいに静かだった。
 遠くでクラクションの音がする、でも路地裏のここは酷く静かで古いビルとビルの間に挟まれて音が遮断されているようだった。静かな中でカタギリさんの声がひっそりと響く。
 大丈夫かい、と声が降って来て、
 見上げればまた、あの優しい目があった。



 
 優しくて、温かい目。
 温かくて、柔らかい目。
 柔らかく微笑んでは、慈しむような目。





 
 慈しんでは、
 愛しているよと語るような目が。
 
 
 






 
 嗚呼……そうだ、
 きっと、この人は、パパのことを……、

 
 
 





 
 あたしはその時全部解った。
 バラバラになったピースが一瞬にして集まってパズルが完成したように、急に頭の中に全部の答えが閃いたように、解った。
 カタギリさんが今、あたしを見る目、
 そしてパパに、グラハムに似てると言って最初にあたしを眺めた目、


 それはあの古い写真と同じだった。


 柔らかくて優しい、慈しむような目。
 それはカメラを構えていたパパに向けられていたのだろう、温かくて優しい表情で。
 あの古い写真、たった一枚、カタギリさんが一人で映っている写真は次第に少し汚れて来て、何度も指先で撫でたような跡があった。
 カタギリさんが優しくあたしの名前を呼ぶ。
 グラハムがいなくなって辛いだろうけれど、気をしっかり持ちなさい、
 なんて言ってたけど、そうじゃない、そうじゃないのよカタギリさん。




 あたしはカタギリさんのスーツの裾をぎゅうぎゅう掴んだ。そして後から溢れて止まらない涙を時折手でぐいぐい拭っては、しゃくりあげる声もそのままに、わぁわぁ泣いた。
 パパはきっと、何度だってあの写真を撫でて、大事に大事に箱に入れて時々取り出してはずっと指で撫でて。
 
 

 
 パパはきっと、カタギリさんのことが好きだったんだろう。
 そしてカタギリさんも、パパのことが。
 
 

 
 もしかしたら二人は恋人同士だったのかもしれない。
 あたしが生まれるずっとずっと前に、愛し合っていたのかもしれない。
 なのに馬鹿だ、大人なんて馬鹿だ、パパもママもそれからカタギリさんも馬鹿だ。
 どうして皆、大事な人の手を離してしまうの。
 どうしてパパはこの人の手を離してしまったんだろう、写真が汚れるほど何度も撫でて、心の中でずっとたった一言、言えないたった一言を繰り返していたはずだ。
 なのにねぇ、どうして。
 どんなに触れたかったんだろう、どんなにこの人に触れたかったんだろう、ねぇパパ、どんなにこの人が好きだったのか、あたし少しは解るよ、まだたったの十六だけど、でもパパが言うように何度も恋をして何度も傷付いて来ているから、だから少しは解るよパパ、パパは、カタギリさんのことを、ずっと、
 
 
 
 ねぇ、どうしてパパはカタギリさんと離れてしまったの、
 あたしとママがいるからなんだろうか、でも、ねぇ、どうしたら、どうしたら良かったの。
 
 
 
 ぽんぽん、とカタギリさんの大きな手があたしの頭を撫でる。
 優しいけれど、それはまるで小さな子をあやすような動きだ。
 そんな風に、触らないでよ。
 子供だから何も解らないだろうって、そんな風に触らないでよ。
 どうしてそんな風に笑うの、ねぇ、パパにはいつもそんな風に笑いかけていたの、
 パパにはこんな風に、
まるで恋人にするみたいに触れていたの、ねぇ、カタギリさん、
 カタギリさんも、パパに触れたかったはずだ。
 パパに生き写しのあたしなんかじゃなく、パパに、グラハム・エーカーに。



 会いたかったな、だなんて小さな小さな声で呟くんじゃなくて、
 本当は泣き叫びたかっただろうに。
 
 


 それからもカタギリさんは、あたしに慰めの言葉を言う。
 違うの、そうじゃないの、そうじゃないのよカタギリさん。
 言いたいことは沢山ある、でもどれから話して良いのか解らなくって、あたしはただ泣き続けた。
 ふわっと、そうっと壊れ物でも扱うみたいにカタギリさんはあたしをまた腕の中に入れてくれて、手を握ってくれた。そしてその手をあたしは力の限りにぎゅうぎゅうと握り返した。
 
 
 
 パパが離して取りこぼしてしまった、大事な人の手を。
 大好きな大好きな人の手を。
 
 
 
 パパは凄く優しくて不器用だから、ママ、あたし、そしてカタギリさん、全部をいっぺんに抱えることが出来なくなってしまって、それでカタギリさんの手を離したんだろうか。
 だとしたら、あたしはどうしたら良いの、ねぇ、カタギリさん、カタギリさん、

 
 パパの分も込める様にあたしはカタギリさんの右手を握り締めた。
 指が長くて綺麗な、大きな手だ。
 空いた左手があたしの髪を撫でる。
 きっとパパはこの人の手が好きだったんだろう、なのにねぇ、どうして。どうして離してしまったの。
 
 
 
 あたしはそれからずっと長い間泣き止まなくて、カタギリさんを困らせた。
 こんなところまで君はグラハムにそっくりだ、とカタギリさんの声を聞いたような気がした。
 
 
 
「……カタギリさん、」
「うん?」
 どうしたんだい?と優しい声が続く。
「……わすれも…を、…ッく、……」
「うん、泣き止むまで待っててあげるから…、ゆっくりで良いよ」
 

 カタギリさんの声は優しくて凄く温かい。
 それはあたしに向けられているものじゃなくて、あたしを通してパパに向けられているのかも知れないけれど、でも、撫でてくれる指先の仕草も酷く優しくて、もっと泣きそうになる。
 胸が詰まって痛くて声も出なくなりそうになる。


 
 でも言わなくては。
 この人に伝えなくては。
 
 
 
 あの箱の中に仕舞われたパパの想いを、見せてあげたい。
 指先で何度も撫でた跡のある、あの写真を。
 
 
 
 言えない代わりに何度も指先で写真に書いただろう、I love you を。
 
 
 
「……わすれものを、しました…」


 だから、家に、戻って下さい、とたどたどしく続けたあたしに、
 カタギリさんはお安い御用だと笑って車をUターンさせた。
 
 


 
 
 古いビルとビルの間に挟まれた小さな箱庭の底から見上げると、切り取られたように綺麗な空があった。
 雲も無く綺麗で眩しいブルーで、それはユニオンの色のようだった。パパに着せてあげた制服の色、パパの大好きな、大好きな色。こんな時まで空の青の色は綺麗で澄み切っていて、目に眩しくて痛いくらいだ。
 パパを見送った日の空もこんな色だった。
 少し車が走り始めてから、嗚呼そうだ、とカタギリさんはあたしを見た。


「ねぇ、後で花屋に寄っても良いかな? 実は君を迎えに行く前に、何軒か回って目星をつけてきたんだけど…、」


パパのお墓参りの……? と訊くと、カタギリさんは目を細めて続けた。
 
 
「――グラハムの好きな花を、沢山持って行ってやろうかと思って」
 
 

 あたしも知らなかったその花は、あの日、パパにと用意した中に辛うじて入っていて、ちょっとだけ安心した。
 
 
 
 
 
 
 
「ねぇ、カタギリさん、」
「うん?」
「パパのこと…………、」
 
 
 
 
 
 どのくらい好きだったの?
 
 
 
 

 
 問いかけたあたしにカタギリさんは小さな声で、内緒、とだけ答えた。

 ねぇカタギリさん、ほんの少し顔が赤いのは気のせい?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
















END





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思いがけず長いものになってしまいましたが、
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
禁じ手の上にKYでもう本当に................orz



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2008/02/23 21:53 | Comments(0) | TrackBack() | ビリグラSS

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