Last I love you (2)
葬儀の日は、どうしてだか涙はあまり零れなかった。
追い立てられるようにあっという間に終わってしまって、綺麗に澄みきった空の青の色だとか、やけに目に眩しかった教会の周りの緑の色が目に焼きついた。
それから少し薄暗い教会の中で最後に見た棺に納められたパパが、負傷したにもかかわらず顔だけは綺麗なままだったことや、ただ眠っているように見えるだけなのにそれでも呼吸をしていないこと、それが妙に可笑しかった。何だか夢の中の出来事のようにも思えた。
それから少し薄暗い教会の中で最後に見た棺に納められたパパが、負傷したにもかかわらず顔だけは綺麗なままだったことや、ただ眠っているように見えるだけなのにそれでも呼吸をしていないこと、それが妙に可笑しかった。何だか夢の中の出来事のようにも思えた。
生きているように見えるのに、どうして息をしてないんだろう。
変ね、どうしてかしら。
パパったらまたワインを飲み過ぎて起きれなくなってるんじゃないのかしら。
あんまり飲めないくせに酔うと昔の思い出話ばかりなのよ。
MSWADにいた頃、大掛かりな戦闘ばかりだったオーバーフラッグスにいた頃、その頃の話ばっかり。
技術顧問のカタギリさんがどんなに甘党だったのかってことや、エイフマン教授がかなりお年を召しているのにとてつもなく酒豪で元気で、
私はいつもあのバイタリティに圧倒されるばかりだよ、
と無茶なMSのカスタマイズをオーダーして老人に無理をさせていた張本人の癖に、そんなことばかりを言っていた。
私はいつもあのバイタリティに圧倒されるばかりだよ、
と無茶なMSのカスタマイズをオーダーして老人に無理をさせていた張本人の癖に、そんなことばかりを言っていた。
そしてその度にデスクの引き出しの奥からあの小さな箱を開けては、これは若い頃の私、ダリル、ハワード、と順番に写真を見せてくれて、そしてこれがカタギリだよ、とよく覚えておきなさいとでも言うように、何度もカタギリさんの名前を出してはカタギリさんの顔を指でなぞった。
その内カタギリさんの写真だけが何度も指でなぞった痕で薄汚れてきてしまうほどだった。あたしはパパにそうして何度も何度も、あの優しそうな笑顔を頭に叩き込まれた。
その内カタギリさんの写真だけが何度も指でなぞった痕で薄汚れてきてしまうほどだった。あたしはパパにそうして何度も何度も、あの優しそうな笑顔を頭に叩き込まれた。
まるで昨日のことのように思えるのに、あれはいつの頃のことだったんだろう。
珍しくパパが休暇を取ってきて久々にゆっくり話をしたときだっただろうか。
そうだ、パパはやっぱり技術顧問のカタギリさんの話ばかりをしていて、あたしは適当に相槌を打ちながら話を聞いていて、パパったらまたその話なの? と半ば呆れながら聞いてやっていた。
ほんの少しのワインで酔ったパパの口から出る名前は、カタギリ、カタギリ、カタギリ、とそればかりで、低くて甘い声で思い出を語っては熱に浮かれた子供みたいな目をしていた。
まるで恋をしているようだとも思った。
あたしはその時々でいつも恋をしていたから、何となくそんな風にも思ったのかもしれない。
まるで恋をしているようだとも思った。
あたしはその時々でいつも恋をしていたから、何となくそんな風にも思ったのかもしれない。
実戦配備前のMS・フラッグのテストパイロットをしていたパパはその頃からかなりの技術屋泣かせで、無茶なカスタマイズを要求したり、その上整備不良だと喚いては技術スタッフの小さなミスを槍玉に挙げていたらしい。仰々しい口調で正論を吐くからきっと誰も反論なんか出来なかっただろう。パパはスイッチが入ると恐ろしく口の回る人だし、それはきっと若い頃もそうだったんじゃないだろか。
要は生意気だったのだ、パパは。
気ばかり焦って大事なものを見失っていたのだよとパパは恥ずかしそうに笑った。負け知らずで挫折知らずで世間を知らない若造が実戦配備前のフラッグのテストパイロットに抜擢されて浮かれていたのだと言う。
解っていたはずの、自分一人の力でMSを動かしているわけでは無い、戦歴は自分一人の手柄ではない、沢山の時間と沢山の人が関わったバックアップもそこに在るんだという大事な、でも当たり前のことをほんの一時だけ見失っていたのだそうだ。
解っていたはずの、自分一人の力でMSを動かしているわけでは無い、戦歴は自分一人の手柄ではない、沢山の時間と沢山の人が関わったバックアップもそこに在るんだという大事な、でも当たり前のことをほんの一時だけ見失っていたのだそうだ。
挑戦的な口調でお綺麗な正論ばかりを吐く扱い難いパパへの交渉人のような役割でカタギリさんが紹介されたのはその頃のことで、それからずっと、カタギリさんはパパの担当になった。
人当たりの良い、でも変わり者のカタギリさんはパパのオーダーに笑顔で応えて、無理な部分は有無を言わせず笑顔で断りをごり押した。人当たりの良い笑顔で理路整然と断るだけに、流石のパパもカタギリさんには限界を越えた無茶を要求は出来なかったようだ。(でも素人のあたしから見れば全部無理難題だ)
若さに任せて焦りで、それはフラッグの他の機体との性能差を見せ付けたいだとか、その性能を引き出す自分の腕への過信だとか、色々なことが重なって大事な人だとかものを、失ったこともあったらしい。
でもカタギリさんは何も言わずにいつも隣にいてくれたのだそうな。
でもカタギリさんは何も言わずにいつも隣にいてくれたのだそうな。
それはパパがまだダリルおじさんやハワードさんや、他の沢山の仲間と懇意になるずっと前らしい。
カタギリが一番旧い友人だ、とパパは懐かしそうにいつも言っていた。
生意気なテストパイロットと人当たりの良い天才科学者のコンビはユニオンの名物で、それこそどの模擬戦でも負け知らずだったと話していた。
そしてそのときに失ってしまった人もいたのか、パパはやはり少し辛そうな目をした。
そしてそのときに失ってしまった人もいたのか、パパはやはり少し辛そうな目をした。
教会の中は少し薄暗くて、窓から差す光に照らし出された小さな埃が舞っているのが見えた。それはただの埃なんだけれども、光を受けてくるくると舞う姿は昔パパに連れて行ってもらったゲレンデで見たダイヤモンドダストを思い出した。
あたしはそれをぼんやりと見ながらパパと過ごしたときのことを、まるで頭の中で映画でも観るみたいに思い返していた。平和な平和な、父と娘の団欒。どこにでもありふれたような、小さな小さな団欒だ。
あたしはそれをぼんやりと見ながらパパと過ごしたときのことを、まるで頭の中で映画でも観るみたいに思い返していた。平和な平和な、父と娘の団欒。どこにでもありふれたような、小さな小さな団欒だ。
目の前で牧師さんが何かを話している。
すすり泣く声も聞こえる。
口さがない大人たちの噂話も聞こえる。
皆がパパに良く似たあたしを物珍しそうに見たり、あのエーカーの娘かとジロジロ見たりしている。その度にダリルおじさんが盾になってあたしを不躾な視線から隠そうとしたり、激怒しそうなハワードさんをいさめたりしている。
変ね、どうしてかしら。
悲しいのに泣けないのよ。
パパとは一緒に過ごせた時間が短くて、だからといって愛情が少ないわけでも、これっぽっちも無いわけじゃないし、パパのこと大好きで愛してるのに、でもあたしは隣で泣き崩れて動けなくなってしまいそうなおばあちゃまを支えるのに精一杯で、とても泣けやしなかった。
棺の中、パパの周りに沢山の花が敷き詰められていく。その内パパの顔も埋もれそうになってしまって、少し足元へ花を寄せた。一緒にあの写真も入れてあげれば良かっただろうか。
あの引き出しの奥の、若い頃のパパの写真。そして、カタギリさんの写真も。
少しプラチナが混じるようになったパパの髪はそれでも綺麗で、あたしはゆっくりと指で梳いて乱れを直した。着せてあげたユニオンの制服は綺麗なスカイブルーでパパの髪と肌に良く映えた。
こんなときまでパパは素敵だ。
あたしもきっと、若い頃のパパに出会っていたらママのように一瞬で恋に堕ちただろう。
ママには結局連絡が取れなくて、ここに呼び寄せることが出来なかった。
ごめんね、ママ、とあたしは心の中で何度も呟いて、ママの分も沢山棺にお花を入れた。
でも、あたしを見たらママも辛くなるかしら。
あたしはすっかりパパに似てきてしまっていて、少し癖のあるブロンドは背中までの長さだけれども、瞳の色はパパと同じ色味のグリーンアイズで、少しきつい目元や口元、鼻の辺りや額、まるで若い頃のパパに生き写しのようだとも言われた。
そしてそれが余計に大人たちの視線の的になって、その度にダリルおじさんがあたしを皆の目から隠してくれた。もうそんなことにも慣れていた。
こんなときまでパパは素敵だ。
あたしもきっと、若い頃のパパに出会っていたらママのように一瞬で恋に堕ちただろう。
ママには結局連絡が取れなくて、ここに呼び寄せることが出来なかった。
ごめんね、ママ、とあたしは心の中で何度も呟いて、ママの分も沢山棺にお花を入れた。
でも、あたしを見たらママも辛くなるかしら。
あたしはすっかりパパに似てきてしまっていて、少し癖のあるブロンドは背中までの長さだけれども、瞳の色はパパと同じ色味のグリーンアイズで、少しきつい目元や口元、鼻の辺りや額、まるで若い頃のパパに生き写しのようだとも言われた。
そしてそれが余計に大人たちの視線の的になって、その度にダリルおじさんがあたしを皆の目から隠してくれた。もうそんなことにも慣れていた。
棺に蓋がされて釘を打たれる瞬間も、ダリルおじさんやハワードさんが泣くのを堪えすぎて口が変な形に歪んでいるのをぼんやりと見つめながら、嗚呼、パパは埋められちゃうんだな、と思った。
埋められちゃうんだ、と思いつつあたしは葬儀のスケジュールを頭の中でさらう。
次は教会の裏手の墓地へ行って、それからまた沢山花を入れる。棺にも入れたけど、お墓にも沢山入れてあげたい。
花といってもパパの好きな種類なんか知らないあたしはおばあちゃまに聞いて、パパが子供の頃に摘んではおばあちゃまにプレゼントしていた野の花や、マザーズデー用のカーネーションしか思い浮かばなかった。流石にそれは…と牧師さんは苦笑いしてスタンダードな花を幾つか挙げてくれて、じゃあそれを、と花屋にオーダーした。
花といってもパパの好きな種類なんか知らないあたしはおばあちゃまに聞いて、パパが子供の頃に摘んではおばあちゃまにプレゼントしていた野の花や、マザーズデー用のカーネーションしか思い浮かばなかった。流石にそれは…と牧師さんは苦笑いしてスタンダードな花を幾つか挙げてくれて、じゃあそれを、と花屋にオーダーした。
ここから墓地までは少し歩くけれども大した距離じゃない、オーダーした花は足りるだろうか、なんて事務的なことを考える。
ねぇ、どうしてかしら。
あたし、泣けないのよ。
パパがあたしが泣かないように涙を拭いてくれているのかしら。
視界が黒で染まるくらいに大勢の人がパパの死を悼んで来てくれているの、泣き崩れる人もいるの、あたしを胸に抱き締めて、辛かったな、でもこれから頑張らなきゃな、とダリルおじさんやハワードさんも言ってくれるの。でもどうしてかしら、ちっとも泣けないのよ。
あたしは背の高い人を目で追っては、顔を見て落胆するばかりだ。
写真で見ただけ、しかもそれは座った姿だけど脚の長さから背の高い人なんだろうとは思った。恐らくパパよりもずっとずっと。髪はどうだろう、ロマンスグレーには少し早い歳だろうから少し白髪が混じっているくらいだろうか。他に、探せるあてはあるだろうか。ダリルおじさんやハワードさんに聞くのも何だか気が引けた。
ねぇパパ、この中にカタギリさんはいるの?
葬儀や諸々の整理が終わって、未成年のあたしの後見人を決めなきゃならなくなった。
パパが馬鹿みたいに出世したから、とんでもない額の遺産が入ることになったらしくて、おばあちゃまもあたしも、慣れない事ばかりで困り果てていた。
おばあちゃまは一人息子であるパパを亡くして塞ぎこんでいたし、それはあたしも同じなんだけれど、でも前に進まなきゃならない。
パパが馬鹿みたいに出世したから、とんでもない額の遺産が入ることになったらしくて、おばあちゃまもあたしも、慣れない事ばかりで困り果てていた。
おばあちゃまは一人息子であるパパを亡くして塞ぎこんでいたし、それはあたしも同じなんだけれど、でも前に進まなきゃならない。
あたしが自分で自分のことを決められる年齢になるまでの間だけだけれど、莫大な遺産の管理や諸々のことは大人にはかっこうの餌食だ。パパが全幅の信頼を寄せていて、あたしもおばあちゃまも気心が知れているのはダリルおじさんとハワードさんだけれども、そうかと言ってその後見人の役をそれぞれに家庭を持つ二人には頼めなかった。迷惑をかけてしまうからだ。
顧問弁護士をしてくれている、やはりパパの友人のジョシュアさん(綺麗な人でおじさんなんて呼べないから、特別にさん付けだ)も、
顧問弁護士をしてくれている、やはりパパの友人のジョシュアさん(綺麗な人でおじさんなんて呼べないから、特別にさん付けだ)も、
軍属の人間に頼めばそいつに風当たりが強くなるから別の方法を考えろ、
と言っていたし。そして、
相応しい後見人が見つかるまでの間は俺が何とかするが、エーカーの奴また厄介なことを……、
と綺麗な髪を掻き毟って眉間に皺を寄せながらブツブツ言っていたけれど、あたしは知っている、ジョシュアさんは口は悪いけど根は良い人なんだってこと。
ジョシュアさんも若い頃はMSに乗っていて、パパと同じオーバーフラッグスにいたこともあったらしい。でも戦闘中に負傷して大怪我を負ってMSから降りざるを得なくなってしまって、猛勉強の末に弁護士になって、今じゃ大きなクライアントを沢山抱えるやり手の弁護士さんだ。ブツブツと文句を言いながらも、面倒であまりお金にならない小さな案件までこなしている人なのだ。
パパがジョシュアさんに預けていた諸々の書類の山から、遺言書と言うには随分カジュアルな手紙が見つかったのは葬儀が終わってすぐのことだった。そこに色々な手続きだとか、軍幹部の色々な事が書かれていて(ジョシュアさんは物凄く頭を抱えていた)、そしてあたしをある人に託すと一言、最後に書かれていた。
ジョシュアさんが心配していた軍関係者でも、政財界人でも何でもないその人は、今は大学教授をしている人だった。ジョシュアさんもよく経歴を知る人で、まぁこいつなら良いんじゃないか、と適当なことを言っていたけれど、身辺調査をした上で、そしてあたしのことをよくよく考えた上でカジュアル過ぎて遺言書としてはあまり効力の無さそうなそれでも、後見人にと推してくれたんだと思う。
全くもう、素直じゃないんだから。
そしてあたしは今日、その人に会うことになっていた。
後見人といっても一緒に生活をするわけではない。でも諸々のデリケートな面倒事を頼むわけで、勿論ジョシュアさんが間に入ってくれてはいたけれど、直接会わなければならなかった。
今はあたしとおばあちゃまの二人っきりになってしまったこの大きな家。
ここに、その人が迎えに来るのだ。
指定された時間に玄関のチャイムが鳴る。開けたドアの向こうに立っていたのは物凄く背の高い、黒いスーツに身を包んだ眼鏡をかけた男の人だった。
逆光で影になって表情がよく解らない。
見上げる角度がきつ過ぎて、少し首が痛い。
口を開こうとするあたしを遮るように声が降って来た。
「初めまして…、と言うのも変かな。ビリー・カタギリだ、よろしく」
抑揚のあまり無い、冷たく乾いた声が降る。
スマートに手を差し伸べてくれたのは、あの写真の中の人だった。
NEXT
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