Good Luck, my Ace 1
ビリグラSS。付き合い始めた頃くらいの話です。
……すいませんまたちょっと長くなったので2回に分けました。 orz
つづきから、どうぞです。
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Good Luck, my Ace 1
触れる指先に熱が籠るのはお互い様で、
数時間、数日後になるだろう次の逢瀬を想って刹那に喘いだ。
工具と古いリペアパーツで埋め尽くされた埃臭い資材置き場で流石に抱き合おうとまでは思わなかったが、ただキスはしたかった。
出撃前の慌しい最中だ、軽く触れ合わせるだけで良い、啄ばむだけで良いのだ、人目につかない所で3秒もあれば充分だ。
しかし着替えの時間が惜しい――、のでグラハムはロッカールームでパイロットスーツに身を包みながらカタギリを呼び出した。
軍支給の通信機器を左耳と肩とで押さえながら、ファスナーを閉め、早口に場所を指定する。
通話口の向こうでは、今からかい、と溜息混じりだが期待も入り混じった様な、妙な高揚感を内包した声音を返されたが、生憎だが最後まではできないぞとぴしゃりと断った。
だから、すぐに来たまえ、と命じる。
高揚した声音は出撃前による血の昂ぶりだけではないだろうが、自身のそれにグラハムは気付かぬ振りをした。
ロッカールームは若干声が響く作りになっていたが出撃前だ、着替えに夢中で聞き耳を立てる程の器用さ等、他のファイター達は持ち合わせていない――ことを祈る。
時折隣のロッカーを使用している知人が訝しげな視線を寄越し、声をかけて来たが、モテる少尉のことだ、大方着任早々事務方の女性にでも手をつけたか、出撃前にご機嫌取りとは非常にマメなことだ――というような話になっていたので、特に訂正はしなかった。
出撃前にそれをするのは最早慣例めいていて、人目に付かぬ場所と僅かながらも時間が有ればそれ相応にたっぷり楽しんだが、正直に言えば互いに簡単に手早く済ませたかった。
ただ二人でキスをするだけなのだ。
簡単に唇を押し当てるだけで良かった。しかしグラハムにとっては簡単に削除は出来ない慣例であった。ジンクスめいたものになっていた所為もあるかもしれない。
通常ならドッグ内の喧騒に身を投じて慌しく部下に指示を出すカタギリをとっ捕まえ、MSの影にでも隠れ、ちょん、と唇を押し付けてやれば良かったが、生憎カタギリは本日非番だった。
その非番の最中、わざわざ呼び出したわけだ。
グラハムはヘルメットを小脇に抱え、ドッグの喧騒を尻目に足早に指定した通路の奥を目指した。
すれ違いざまに、少尉殿どちらへ、とメカニックの青年に声を掛けられたがすぐ戻る、とだけ応える。
嗚呼、すぐ済む。すぐ戻るから見逃してくれたまえよ。
目指す通路の奥は袋小路となっており、狭く薄暗い。ライトの光もあまり届かないそこは、大型の台車が1台通れば良い程度の広さで、滅多に人が足を踏み入れない場所であった。
薄暗い通路の奥に、白っぽく浮かんだ長身を認めて一層足が逸る。
カタギリだ。
ご丁寧にいつもの白衣に身を包み、髪は頭の高い位置で結われている。勤務スタイルに着替えたのだろうか。
否、カタギリのことだから自室でも論文執筆に没頭して昨夜から着替えていないのかもしれない。
しかしあと何分だ。何分我々には許されているのだ。
逸る心を抑えつつ待たせたな、とグラハムは声を掛ける。
カタギリの腕に手を掛け、不本意ながらも背伸びをしようとした矢先、反対に手首を掴まれ脇の一室へ誘われた。
ノブが取り付けられた旧式の扉が開き、真っ暗な闇が口を開けたかと思うとそこへ押し込まれる。
次の瞬間には立て付けが悪いのか、間の伸びた風に扉が一鳴きし、最後にガチャリと一層大きく響かせ閉じられたことを知らせる。
闇の中、ぷん、と立ち込めた埃と油の臭いに一瞬咽た。
ざざ、と壁で何かが這う音がして反射的にグラハムは身構えたが、一瞬後には室内のランプがつき、カタギリがスイッチを探り当てたのだと知った。
煌々と蛍光灯が照らす中、恐らくリペアパーツの一部なのだろう大型の部品が所狭しと並んでいた。それに古い工具と、乱雑に置かれた機関紙。どうやら資材置場、物置のようだった。
ひっそりとカタギリは口を開いた。
「……あと何分だっけ?」
「幾らも無い」
だからこんな所に連れ込むな、と自らの誘いを無視してグラハムは咎めたが、カタギリは困ったような笑顔で応じた。
「だって誘ったのは君でしょ」
「3秒あれば済む行為だ、個室まで所望してないがね私は」
「でも通路の奥とはいえ、いつ誰に見つかるかも解らないような場所、僕は感心しないんだけどねぇ」
それにその白いパイロットスーツはかなり目立つんだよ、と至極まともなことを言われた。
だからここに入ったんだよ、とも。
それを聞いて、何故だろうチクリと胸が痛んだのは気のせいか。
他愛の無い会話の端々に、カタギリの己に対する欲を一々分析しているようでグラハムはよぎった考えを即座に却下する。求められたと思ったのは私の勘違いか、等と一瞬でも嘆いたなぞ自身が許さなかった。
ピシ、ともカチ、ともつかない音で簡素なランプが瞬きする。
無機物の瞬きにすら、早くしろと責め立てられているようでグラハムはカタギリの肩に手をかけた。
そうだった、時間なぞ無かった。
3秒で済ませる筈だったのに、何分かけているのだ。
ほんの少し不本意ながらも背伸びをしたら、眼鏡の奥の漆黒と視線がぶつかった。
「………ッ」
咄嗟に視線を外せば、腰に手を当て引き寄せられ額を合わせられる。
抱え直そうとしてヘルメットを落としたがもう遅かった。
「……何で、目を逸らすの」
「……」
至近距離で見つめられる。何もかも見透かすような漆黒の瞳に覗き込まれることに、グラハムはまだ慣れなかった。
定期的に肌をも重ねるようになってカタギリは徐々に様子を違えた、というよりも様々な顔をグラハムに見せるようになった。
その一つが夜に棲み、駆け引きに長け、慣れ切った大人の男の顔だった。
比較的不慣れなのは、寧ろグラハムの方であった。
以前はキスを仕掛ければ慌てふためくのはカタギリの方で、その様が非常に面白い――、否、可愛いとすら思っていたのにこれはどうした逆転劇だとグラハムは憤慨した。
客観的に見れば痴話喧嘩めいた抗議なのだろうグラハムの物言いに、カタギリはベッドの上で優しく笑って応えた。
だって、僕だって色々あったから。
それに君よりちょっとだけ年上だからねぇ、とも。
そして今も大人の顔でグラハムを翻弄した。はなせ、と身を捩れば、
「何で、キスするんでしょ?」
と鼻先で笑われ目を細められ、また腹が立つ。嗚呼、子供扱いをされている。
そろそろ出撃のお時間でしょう、エーカー少尉、と慇懃無礼に囁き、促すように漆黒の瞳が奥で嗤う。
「……煩い、」
ギリ、と合わせたままだった額を乱暴に擦り合わせ、上唇に噛み付いた。
痛みに反射的に引こうとする長身を逃さず、更に首の裏に手を掛け、開いた歯の間から舌を差し入れ主導権を握る。
上顎も口腔もしっとりと撫で、舌先に感じる甘みと苦味、独特のフレーバーで、また珈琲とドーナツを食していたか、と頭の隅で笑う。
……嗚呼、どうしてくれるんだカタギリ。
3秒じゃとても終わらないじゃないか。
思いの他、グラハムは夢中になってカタギリを求めた。
触れる唇は熱を持ち、舌先で唇を辿ってやれば奥から伸びたカタギリの舌先でまた捕まえられる。
逃げて、捕らわれて、また逃げて、捕まえて、唾液を混ぜ、角度を変えて何度も求める。
3秒で終わらせようなぞ、無理な話であった。
NEXT
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続きます。