Dawn (2) (ビリグラR18)
(1)の続きです。
つづきから、どうぞです。
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Dawn (2)
出撃前にそっとキスを交わすのが二人の慣例になってから、結構な年月が過ぎていた。
それは昔グラハムがほんの悪戯心でカタギリに仕掛けたのが始まりだったのだが、もう唇でも頬でも額でもどこでも良くなっていた。
人目が多過ぎてそれが叶わなければ、フライトグローブの上から手の甲にキスを。
それすらも無理ならば、そっと指先を絡める。人指し指でも中指でも、更に部位は問わない。
それら一連の動作も今では体に染み付いてしまったが、カタギリはどのような思いでそれを施してきたのだろうか。
いつの間にかグラハムがからかい半分に寄越していたキスとは全く異なる意図と誠意を持った、熱のこもったものにすり替わり、それは無事と帰投を祈る意味合いも含まれた。
そしてカタギリは行っておいで、と見送る。
グラハムは、ただ案ずるなと、必ず帰ってくるとは口には出さずに振り返り、悠然と王のように
笑う。
そうすることしか、できなかった。
願掛けの癖に、何十もの想定されたどの状況にでも対応可能だろう、キスだの指を絡めるだのの、
あまりにヴァリエーション豊富なパターンは、カタギリが考えた苦肉の策だ。否、グラハム自身も。
厄介なことに、カタギリと触れ合った箇所から伝わる熱の心地良さに慣れ切ってしまい、慣例と
化したそれを割愛することもできなくなっていた。
触れていたいのだ。どうしようもなくも情けなくもあったがそれは確かなことで。
嗚呼、どうしてくれるのだ。
今更、嗚呼、いまさら、
失えないのはお互い様だ。
――だが、ここ数日で瞬く間に状況は激変した。
グラハムにと与えられた黒い機体は、自身の希望でもあったのだけれども、負担は決して軽くは無いもので、何しろ無茶も承知の12Gだ。
あまりに馬鹿げたそれを乗りこなす自信は有ったしパイロットへの負担は無視して結構、という
オーダーを止めずにエイフマン教授とカタギリが呑んでくれた上、一週間で仕上げてくれたことは
非常に感謝していた。
寧ろ、無理矢理にでもカタギリに止められると思っていた。
未だMAXでの12Gはテストフライトのみ、ほんの僅かな秒数の体感では有ったが、それでも、あの漆黒の美女を乗りこなす自信は揺るがなかった。
乗りこなさなければ、あの機体は、ガンダムはこちらを決して振り向いてはくれないのだから。
――痣があるね、と昨夜カタギリに背中を、腕を、唇で辿られた。
またじわじわとグラハムは昨夜の情事を思い出す。
それもパイロットスーツのギャザー部分の形そのままの痣で、量産型フラッグの遥かに上を行く
カスタムフラッグのGの影響で、少々肌に痕が残ったのだ。
昨日はフラッグの大掛かりな整備日であったのでグラハムが黒いそれを駆ることも無かったのだが、日頃重ねている衝撃は徐々にグラハムの白い肌に鬱血を残した。
それから、
……嗚呼、思い出した。
ベッドを目の前にして、急に気が変わったとカタギリにバスルームへ連れ込まれたのだ。
心配はするくせにカタギリは都合良く軍人の体力を過信しているのか、達しても許してもらえず、
ただ一方的に喘がされた。
カスタムフラッグのGで肌に出来た痣の上から更に噛み付くようなキスを与えられて、それらは全て
カタギリの痕で塗り潰された。
塗り潰す度にカタギリは嬉しそうに逐一それを報告しては、グラハムの眉間に皺を寄らせた。
制する声も聞き入れてはもらえずに、それからまたベッドへ移動して……、
何度も情を交わした。
グラハムは二の腕の内側、皮膚の薄い箇所をそっと指で辿っては赤い痕をそっと押した。
指で与えた刺激で得た僅かな痛みに、グラハムはそっと息を付いた。
「……やりすぎだ、カタギリ」
徐々に空が白んで光が届き始めた室内の中、カタギリの痕で上書きされたそれらは、うっすらと
グラハムの肌を彩る。
花弁が散らばるようなそれ、明らかに噛み付かれたのだろうエナメル質のそれを食い込ませた痕。
こんなことをせずとも良いのに、と思う。
こんなことをせずとも、私は、君が………、
本当に、馬鹿な行為をしている。
大人になれば分別が付くなぞ、誰が言ったのだろう。
31歳と27歳が大人などと、誰が決めたのだろう。
飽きもせず一時の心地好さに流されて互いに止めようと進言することも出来ずに、
ただ欲しくて堪らなくて。
色々な問題を、二人は先送りにしていたのだ。
薄いレース地を模したカーテンは、うっすらと外の世界を映してグラハムに届ける。
グリーンアイズを凝らして見れば、その向こうに広がるのは薄紫色と暁の色とでそっと撫でたような、不思議な色味を帯びた雲であった。
分厚い雲間から朝日が差し込み、夜が朝へと着替える様はやはり美しい。
朝日が昇る瞬間も、日が沈む瞬間も、紫色の夕暮れも、フラッグの中から嫌というほど見てきてはいたが、地上から見るのもまた趣が異なる。
重く垂れた雲を所々突き破り、暁が射してはじわじわとその色に染まる。
それは翼でこしらえた刷毛に朝日の色に染まったインクを染みこませ、そっと雲に触れたように
見えた。
まるでレディが夜着を脱ぎ捨て白いレースのドレスを纏うように夜が朝へ着替えるのにも似て。
その美しい一時をグラハムは堪らなく愛した。
そしてこの数年、その一時にカタギリを傍らに感じることが多かった。
この僅か数センチ隣で眠る友人と手指を絡ませ、時にその腕の中で彼の体温と香りを感じて、
ゆるゆると夢物語のような甘ったるい空気の中で、夜が明け切る前の静寂を過ごすのが好きだった。
感じるのは互いの体温だとか鼓動だとか鼓膜の奥に僅かに届く筋肉の収縮、骨の軋み、呼気だけで。
まるでこのベッドの上、小さな小さな船のようなそれ、二人にとって世界がそれだけになってしまったような感覚に胸が詰まる。
その夢物語を、グラハムは酷く愛した。
我ながらイカれているとも思った。
羞恥を感じつつ、愚かな事と思いつつ、それでも酷く愛しているのだ。
しかし、カタギリの肌も体温も殊更馴染むので、等という、もうそんな陳腐な言い訳でもそれは、
グラハムにとって背を後押しする大事な要素となる程に意思は脆弱になっていて。
その脆弱な意思の中、ゆるゆると甘い空気に包まれていたかった。
世が明け切る前の静寂、それはグラハムに夢見る一時を与える僅かな時間だった。
夜が明け、彼の腕から抜け出してしまえば。
自分はただのフラッグ・ファイターでしか、なかったので。
窓の外、嗚呼あの色合いの雲はフラッグの中から何度も見たことがある、とグラハムは思い、
そっと手を伸ばした。
決して届かぬ距離で、手を伸ばして雲を掴む振りをする―――、無理に決まっている。
届かぬそれに、ふと遠さをまざまざと感じる。
届かぬ距離に、遠く離れた所に、私はいつもいるのか、と手のひらと窓とを交互に見やる。
地上から空を見上げるカタギリは、何を思っているのだろうか。
フラッグを駆り、空の上からならば容易に掴めそうだと感じた雲も陽も何もかも、地上からは余りに遠過ぎる。
……嗚呼そうだ、慣れ過ぎて忘れていた。
私は、我々フラッグ・ファイターは遠く離れて戦っているのだ、
そしてそれはあまりに、地上からは遠過ぎた。
解り切っていることを今更再認識する程、このベッドの上は、この部屋は、日常から切り離された
酷く甘やかな空気に満ちていたのだ。
手慰みのように何度か空を切っては掴んだ後、グラハムは緩く拳を握ってブランケットに落としたが、横から伸びた手に拳を掴まれた。
「―――なにしてるんだい?」
いつの間にかカタギリが起きていた。
「……別に」
素っ気無く答えて離せ、と振り払おうとするが、寝起きの癖に力を込める友人は、そのままグラハムを引き寄せて共にシーツの海へ沈むよう促した。
すまない起こしたか、と謝罪すれば、日勤だしこのまま起きるから気にしないで、と返される。
「……どうしたんだい、そんな、手なんか振り回しちゃって」
眼鏡を外した見慣れた素顔が穏やかに微笑む。
だが何でもないさとはぐらかせば、まだ寒いんだから入ってなさい、と苦笑されて母親のような
小言が続き、肩までブランケットをかけられ冷えた体をさすられ抱き締められる。
触れ合う箇所から熱がじんわりと伝わって、温かかった。
いつもと同じ、優しくグラハムを甘やかすカタギリだった。
とても昨夜、酷く言葉でグラハムを辱め、追い詰めて懇願させた男と同じだとは思えなかった。
そして、そんな私を試すようなことをせずとも良いのにと、君の傍らが気に入っているのにと、
グラハムは言えずにいた。
「そんな格好で、風邪引くよ?」
「……誰の所為だ」
と抱き締められたカタギリの胸元で抗議してやるがそれに返事が返ることは無く、大きな手は背から順番に下へ降りて行き、腰と尻へ行き着いた。
「カタギリ…、」
まだやる気か、と溜息混じりに告げればさっさと下を穿きなよと返された。
何を、と問うのも非常に馬鹿馬鹿しくて嘆息する。
カタギリが僅かに首を捻り、まだこんな時間か、と呟く。
ベッドサイドの時計で時刻を確認したようだった。
「こんなに冷たくなって…、今の時間は暖房が弱いんだから油断してたら風邪引くよ?」
少し福利厚生を充実させないと、僕も上に掛け合ってみようか、等と言いながらカタギリはグラハムを温めようとその肌に触れる。
大きな手指は温かくて心地好く、それでいてセクシャルな空気は払拭されており、それはそれで
グラハムの好みだった。
だが、下肢が僅かに触れる感触でカタギリ自身は下着のみは纏っていることに気付き、それが癇に
障った。
「……自分だけ穿くな」
苦虫を噛み潰したような表情で告げれば、
「だって君、寝てたから」
ごめんね、と困ったように微笑まれた。どうやらカタギリも夜中に一度起きたらしい。
「……あんまりよく眠ってたから、穿かせて起こしちゃったら可哀想かと思って」
「私が良く眠っていたのならそれは君の所為だろうが、カタギリ、君は昨夜あれ程……ッ、」
掠れた己の声に気付き、グラハムは閉口する。二度程咽たが喉奥の枯れた感じは残った。
それもこれも、カタギリの所為だ。
「……昨夜は、なに?」
「………ッ、」
下肢から離れたカタギリの大きな手がグラハムの後頭部に添わせられ、額を合わせられる。
「……教えて?」
視線をかち合わせ、そっと囁かれるが、この距離でのカタギリの瞳は未だ苦手でグラハムは視線を
僅かに外した。
カタギリを罵ってやることもできたが、興に乗ったのはお互い様だ。
見透かしたような目で、何が教えて、だ。
本当に、馬鹿馬鹿しかった。
「――ッ…もう、起きるんじゃなかったのか」
「あと15分は平気だよ」
押し返そうとするグラハムの手をそっと掴んで戒めつつ、出勤前にデータのチェックがしたいだけだから、とカタギリは続けた。そして嗚呼でもそうだなぁ、と間伸びた声でカタギリは言い募る。
「シャワーを一緒に浴びさせてくれるなら、君が上がるのを待つことも無いしその分色々時間短縮できるから、……そうだねぇ、あと30分は、」
バスルームの狭さはどの部屋も左程変わりなかったはずで、でも。
前向きな回答のみを心待ちにしているカタギリのやに下がった笑顔を見たら、グラハムは断る気力も無くなってしまう。
これでは私もカタギリを甘やかしている、と嘆息した。
第一、その30分というのはどういう計算で導き出されたのか怪しい所だった。
何やら良からぬ予定も含まれてはいないか、その30分の中に。
ベッドから離れるまで、この腕の中、この小さく甘やかな世界でたゆたっていられるのも、
あとほんの僅かだろう。
まぁ、それを未練がましく堪能するのも悪くはない。
グラハムはバスルームでは私に触れるなよ、と一言置いてから、承諾の代わりに目の前の鼻先に
そっとキスしてやったのだった。
――もうすぐ、夜が明ける。
END
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セフレ以上恋人未満、でも両思いに気付かない二人、
な感じだったのですが。 ハムが弱くなった……orz
潔くカットしたエロティカはまた別の機会に(希望的観測)